田根剛さん。ご存知でしょうか?
今、新進気鋭の若手建築家といわれています。
2006年に、若干26歳で、エストニア国立博物館のコンペに勝利し、
最近では多数の建築プロジェクトを手がてけいます。
私にとっては、同世代の有名な建築家で、とても気になっています。
東京オペラシティとギャラリー間で、展示会を同時開催していましたので、見てきました。
田根さんの紹介とともに、建築を勉強していた程度の素人という立ち位置から展示会の内容のレビューや彼の凄さについて考えたいと思います。
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それでは田根剛さんの内容深掘りしてみましょう!
建築家 田根剛さんとは?
田根剛さんは、1979年生まれの建築家。
若干26歳でエストニア国立博物館のコンペで勝利。
この時はDGT(Dorell. Ghotmeh. Tane)という3人組の建築家として参加し、選定されました。
建築家は40代でも若手と呼ばれ、30代後半から40代でデビューし、当初は住宅などで実績を積みながら徐々に信頼を得て、大きな建築を手掛けられるようになる。と言われてます。
そんな中で、田根さんはその常識を覆し、20代で、国家プロジェクトとも言える大きな建築を手掛けてしまったものすごい方です。
コンペに勝利してから10年後の2016年に、エストニア国立博物館はようやく完成します。
その完成をもって、DGTは解散し、現在はAtelier Tsuyoshi Tane Architectsを立ち上げて活動されています。
新国立競技場のコンペにも参加していた!
さらに、あの問題になった、東京オリンピックの新国立競技場のコンペで、ザハ・ハディドと共にファイナリストに残ります。
その時に田根さんが打ち出したのが、古墳スタジアムという作品です。
東京オペラシティとTOTO ギャラリー間で展示会 未来の記憶を同時開催!
2018年に東京オペラシティとギャラリー間で、「未来の記憶」というテーマで展示会が開催さています。
そこでは、上記二つの作品を含む多数の田根さんのプロジェクトが紹介されています。
建築家 田根剛さんが手がけたPJ(ギャラリー間展示作品より)
エストニア国立博物館/ Estonian National Museum
エストニアにあった軍事用の滑走路を活用した造形になっています。
その圧倒的な景観は力強く、美しいと感じました。
国立博物館 というエストニアを代表する建築であり、その場やエストニアという国の歴史とリンクした提案がみとめられたと感じます。
新国立競技場案 古墳スタジアム
古墳スタジアム。。。なんだかとても興味をひかれます。
都市に埋没したスタジアム。そこは登れて、まるで公園のように。
スタディ模型の中に東京の地図の緑の部分だけを表現したものがありますが、一つの公園のように配置されています。
もし実現されていれば、大きな構造物としての国立競技場ではなく、日々公園に行くような気軽に立ち寄り、そこで競技が行われているという、生活者にとって身近で、親近感がでるような競技場になったのではないでしょうか。
10 kyoto
10 Kyotoは膨大な模型のスタディがされています。
なぜ十字形なのかはよくわかりません。
リサーチの中にはピラミッドなども検討されており、京都の南下の十条という地に一つのモニュメント的な力をもった建物を作りたかったという思いが透けます。
確かに京都といえば、二条、四条とか北側がメインであり、京都駅(八条)より南側はあまりイメージがありません。
そのような土地にモニュメントを作るというのは、その場を大きく動かすという狙いがあったのかもしれない。と妄想しました。。
A House of OISO
日本語では、大磯の住宅。ですかね。
とても日本的な家屋に感じるデザインです。
この作品を見て、すごく思ったのは、田根剛さんという建築家は、デザインの作風にはこだわりが無いのかなと思いました。
安藤忠雄など一目で誰が作った建築なのかわかるように、コンクリートに固執するように作っているようにも思ったりします。
田根さんは、デザインよりも、場の記憶というテーマにそって考える建築家なのだと思いました。
フォンテーヌブロー週末住宅/ Weekend House in Fontainebleau
個人的には、とても記憶に残る作品でした。
というのも、私が大学の時に作成した住宅のデザインとなんだか似ていたからです。(素人学生が考えたものと近いなんて失礼極まりないですが。。。)
平面にして、その空間を曲面を使ってより自然に、そこに住む人がやりたいように間取りを自由に解放してあげるコンセプトに感じました。
しかし、有名建築の海外の住宅でいつも思うのですが、週末住宅(要は別荘)ってまったく贅沢だなと。。
建築作品では無いですが、こういう建築はもっとシェアリングとか、ビジネスモデルという意味でも建築家に考えてもらいたいと思いました。
もちろん、パトロンあっての建築家というのはわかるのですが。。
Todoroki House in Valley
等々力渓谷の近くにある住宅なんだ!(自分の家に近い)
という点で興味を持ちました。笑
高床式がテーマになっているようで、等々力渓谷と高床式があまりリンクしなかったのですが、たくさんのスタディ模型がオブジェのように美しく見えてきて、また、下がスカスカの支える構造体から頭のような本体が、生き物のように思えて、なんだか動き出すような感覚を覚えました。
等々力渓谷をこの建築が夜な夜な歩いて動いて移動するといった建築だったら面白いなと。妄想が膨らみました。
シチズン ミラノサローネ
これは、純粋にとてもきれい!
このようなインスタレーションなどを設計できるのは、建築家冥利につきるのだろうなと、とても羨ましく思いました。
(考察)建築家 田根剛さんのすごさは何か?
田根剛さんは、安藤忠雄さんのように、造形やデザインにおける作風のようなものはみられません。
(少なくとも私にはあまり感じられません)
また、「場所の記憶からはじまる建築」といった考え方も、目新しい話ではないと思います。
20年前に私が大学で勉強していた時から、一つのテーマとして扱わられていました。
特にスクラップアンドビルドの日本においては、スカルパのカステルベッキオなど引き合いにだされ、リノベーションの重要さなども当時から語られていました。
田根剛さんが凄い点(私見)
田根剛さんのすごい点の一つは、膨大なリサーチとスタディを重ねている点だと思います。
今回、展示会を拝見させていただきましたが、プロジェクト毎に非常に膨大なリサーチと膨大なスタディを重ねています。
作っている建築模型の数も半端な数ではないです。
このようなリサーチとスタディを重ねることで、一つ一つのプロジェクトは洗練されていきます。
まっさらな敷地に新しく建築を立てるのではなく、土地の歴史、その場所にある記憶を元に建築を考えるという田根さんのアプローチはリサーチをしっかりと行う必要が必然的にあったのだと思います。
さらに、そのリサーチも、その場所に住む人、訪れる人、周辺の人かたからの見え方、国家、他の国からの見え方、非常に多様な見方があるはずです。
それらを網羅的にリサーチする過程で、さまざまなアイディアが生まれてくるのではないでしょうか。
田根剛さんの凄さは、一つの建築プロジェクトにかけている圧倒的なエネルギーにあるのではないかと感じました。
一方で、田根剛さんのインタビューなどを読んでいると、ものすごい行動力もあることがわかります。
例えば、新国立競技場のコンペの際には、自身が資格が無いとのことで、全くパスもない所に出向いて、コンペに参加できるように依頼をしています。
こういったエネルギーもとても重要だと思います。
コンサルティングにおいてもエネルギーが重要
仕事柄コンサルティングをしていますが、実は、コンサルティングとして、戦略や計画を描くことは、比較的簡単です。
難しいのは、実際に実行する事。
そこで大切なのは、推進する圧倒的なエネルギーをもった「人」がいることです。
これを持つ人がいないと、どんなに良い戦略でも、必ず進める中で、ハードルがあり、どこかでひっかかります。
そして、一番重要なのは、このエネルギーを発揮するための燃料です。
それは、力強い「思い」や「Will」が源泉になっています。
上記ではコンサルティングの話をしましたが、スタートアップでもよく同じ話がなされます。
スタートアップで成功するのは、アイディアではなく、本当にそれを実現したいという思いの有無です。
それだけ、プロジェクトを実行するというのは大変な作業なのです。
田根剛さんのエネルギーの源泉は何か
田根剛さんに話を戻すと、
一番気になり、そして、わからないのは、
田根さんのこの行動力や、エネルギーを支える熱量や、Willがいったいどこからきているのか。という事です。
是非、今後も注目して、そこを理解していきたいなと思います。
そして、次の展覧会では、その源泉に迫る展示をしてほしいと思います。